「もう大丈夫?」と聞かれて、「うん、大丈夫」と笑って答えてしまった。その帰り道が、いちばんつらかった——そんな経験は、ありませんか。
大丈夫じゃないのに大丈夫と答えてしまうのは、気を遣ってしまうし、気を遣わせたくもないから——つまり、あなたが優しいからです。でもそのたび、心の中で、小さな嘘がひとつずつ積もっていきます。この記事は、その嘘をやめてもいい、という話です。
「もう大丈夫?」が、なぜこんなにつらいのか
あの問いには、「もう」という言葉が入っています。
「もう」大丈夫?——つまり、「そろそろ大丈夫になっているころですよね?」という、相手の期待が透けて見える問いなのです。悲しみの締め切りを、外から決められているような感覚。つらいのは、当然だと思います。
そしてあの問いは、たいてい「うん」しか受け取る準備がありません。「大丈夫じゃない」と答えたら相手が困るだろうと、あなたのほうが気を遣ってしまう。聞かれた側が、聞いた側をケアする——本当は、逆のはずなのに。
しかもあの問いは、日常のあらゆる場所から飛んできます。ひさしぶりに上の子を送っていった保育園の玄関で。仕事の関係先から。何ヶ月かぶりの、友人からのメールで。
ただ、同じ言葉でも、顔を見るなり開口一番の「大丈夫?」と、こちらの話をじっくり聞いてくれたあとに、ためらいながら出てくる「大丈夫……?」は、別のものだと私は思います。つらいのは言葉そのものではなく、その手前に、こちらへの想像があるかどうか、なのです。
私自身は、「大丈夫?」と聞かれたとき、「大丈夫なわけないじゃない」と返していました。相手は気まずそうに黙ったり、話の角度を変えたりしました。それでもよかった。この件に関してだけは、自分の思いを我慢しないと決めていたからです。大丈夫なわけが、ないのです。赤ちゃんを亡くして、数週間や数ヶ月で。
「大丈夫じゃないよ」と返した日のこと
半年ほど経ったころ、昔からの友人が「大丈夫?」とメールをくれたことがあります。子どもを何人も元気に産み育てていて、亡くした経験のない友人です。
あなたに、この気持ちが想像できるわけないじゃない。あなたの子は、みんな生きてるじゃない——そう思ってしまって、「大丈夫じゃないよ」と返しました。正直に言えば、嫉妬に近い気持ちも、ありました。
友人は、「私にできることは少ないかもしれないけど、必要なことがあったら言ってね」と返してくれました。あとから思えば、それは分からないなりの誠実さだったのかもしれません。心配していないわけではない、でも、できることが少ない——その距離から差し出せる、精いっぱいの言葉だったのかも。それでも、あのときの私には、受け取れませんでした。
……受け取れなくて、いいのだと思います。悲しみの中では、ありがたさと苦しさが、普通に同居します。誰かの善意を素直に受け取れない日の自分を、責めなくていいのです。
「大丈夫?」のほかにも、つらい言葉はあります
「次があるよ」。次の話は、していません。この子の話をしています。
「この経験は、きっと勉強になったよ」。こんな勉強は、要らなかった——そう思っていいのです。
「ご冥福をお祈りいたします」。丁寧な言葉のはずなのに、聞くたびに、すっと線を引かれた気がしました。出来合いの定型句は、他人行儀な距離のまま、話をそこで打ち切ってしまう。私は、この子の話を、まだしていたかったのに。
こうした言葉を口にする人は、悪意があるわけではなくて、あなたの悲しみを自分のこととして想像するところまで、届いていないのだと思います。だからといって、あなたが傷つかずに済むわけではありませんが……傷ついたあなたのほうがおかしい、ということだけは、絶対にありません。
逆に、私がいちばん救われたのは、「なんて言葉をかけたらいいか分からない」「自分に起こったらと考えると、身を引き裂かれる思いです」と、正直に言ってくれた人でした。分からない、と言いながら想像しようとしてくれる——その言葉だけが、悲しみの側まで、届いていました。
答え方の選択肢——嘘をつく以外にも、あります
どれが正解、ではありません。相手との関係と、その日の体力で選んでいいものです。
- 正直に答える。「大丈夫じゃないよ」「まだ全然だめ」。これからも付き合っていきたい相手には、正直さが橋になることがあります。あなたの本当の状態を知った人だけが、本当の支えになれます
- 嘘をつかずに、かわす。「ぼちぼちね」「波があるかな」。大丈夫とは言っていないけれど、それ以上は踏み込ませない答え方です
- 答えないで、離れる。 その問いが飛んでくる場所に、行かない。返事をしない。関係を守るために自分をすり減らす必要は、ありません
- 「大丈夫」と言ってしまう。 いちばん多い答え方だと思います。ただ、これはおすすめしません。その場は丸くおさまっても、嘘の分だけ、あとで自分がつらくなるだけだと、私は思うのです。それでも言ってしまった日は——それはあなたが優しいからなので、責めないであげてください
大丈夫になる義務は、ありません
あなたが大丈夫かどうかを決めるのは、周りではなく、あなたです。
そしてその日は、誰かに聞かれて答える日ではなく、あなたの中に、あなたのペースで来ます。来ない日があっても、かまいません。大丈夫じゃないまま生きている日々も、ちゃんと、生きている日々です。

